【 プロローグ
】
遠い昔に滅んだはずの動物たち。
砂漠に埋もれた数々の伝説。
暗い洞窟に眠る財宝。
「ここでは全てが生きている・・・・・・」
男は財宝の山から、腕輪を一つ手にとった。
――小さなメビウスの輪。
「この小さな腕輪にも何か魔法が生きているのかもしれない」
がっしりした手首にはめ、太陽にかざす。
陽光のまぶしさに目を細め、男は満足気に笑みを浮かべた。
長旅のせいでボロ同然の服装だったが、誇らしげな笑顔を浮かべる男には、堂々たる王者のような風格すら伺えた。あるいはそれこそが腕輪に秘められた魔力なのか。
ここは東の果て。名もなき大陸である。
今だ人に知られることなく、古の魔法が息づく大地。
伝説をたよりに各地をさまよい、ようやくその大地を踏みしめることができた。
――男は故国に残してきた家族を思った。
かつて、この大陸で出会い恋に落ちた女と、生まれてまもない娘のことを。
長い放浪の末に見つけた、彼のかけがえのない宝だった。「私はここで果てる運命にあるだろう。その前に、この腕輪の一つでも渡してやりたいものだが・・・・・・」
灼けつくような日差しの下で、男は腕輪をはずし、握りしめる。
自分の旅もまた、吟遊詩人や昔語りによって世に伝えられるとも知らずに・・・・・・。
――それは幼い頃から、繰り返し聞かされた物語。
「ねえ、昨日の続き。昨日の続きっ」
「はいはい。―どこまで話したかしら?」
いつも眠る前に母親が話してくれる、大好きな儀式。
寝台の横に置かれたランプの灯が、暖かく二人を照らす。
耳元に優しい声を感じながら、やがて子供は夢をみる。
――不思議な物語の続きを。
「あら。眠っちゃったのね」
母親は布団からはみ出た小さな手を、そっと中へ入れてやった。
あどけない寝顔をしばし眺めた後、ランプを持って静かに部屋を出て行く。
――廊下の窓から夜空を見る。
南に位置するこの半島でも、空気の澄みきる冬には、満天の星を仰ぎみることができる。
彼女は東方に一際明るく輝く星を見つめ、小さく息をついた。
「私も娘も元気です。あなたは?」
今どこにいて、何をしているのか。
小さな娘が物語の真実を知るのは、それから十年後のことであった。